外交の場ではもっと自国の主張を

日本は行儀が良い。本当に良すぎる。東日本大震災の日本人の対応などについてはいい意味でこう言われたりしたが、今回は逆の意味でとらえたい。

何についてか?一番言いたいのは外交、国際的な態度である。日本国内ではあえて主張しないで慎ましくすることは上品で行儀が良いと言われるが、海外ではそんな日本の常識は通じない。外交にして然りである。主張すべきところはしっかり主張し、弁解すべきところはしっかり弁解しなければならない。

最近の韓国に対する対応などはいい例である。韓国は日本に対して何かとケチをつけてくるが、最も看過できないものの一つは伊藤博文暗殺犯の安重根を英雄視し、国際的にそれをアピールしていることだ。慰安婦問題についてもいろいろ言いたいことがあるが、いろいろなメディアで取り上げられていることもあり、今ここでは控えておく。

伊藤博文は日本国初代総理大臣で、言わば日本の国祖とでも言うべき人物である。その国祖を暗殺した暗殺犯を英雄視する韓国に対して、日本はなぜ抗議し、批難しないのか。こんなことで行儀よくしても、国祖伊藤の名誉が国際的に汚されるだけだ。

これがどれだけ重い意味があるか、第一次世界大戦を振り返ればわかる。第一次世界大戦が勃発したのは史実が示す通り、オーストリア皇太子が外国人青年に暗殺されたのがきっかけだ。暗殺が戦争に発展するくらいの重大事なのだ。その暗殺犯を国を挙げて英雄視する国がどこにあるのか。

韓国は暗殺犯を国を挙げて英雄視し、記念館まで作っているのである。歴代大統領のほとんどが暗殺されるという、暗殺が文化になってしまった韓国という国が異常すぎると言えばそれまでだが。

慰安婦問題について日本の名誉を回復するのは最重要課題だが、安重根を英雄視する韓国を国際的に非難することも重要ではないか。そのままにしておけば、韓国は何百年と同じことを言い続けるだろう。実際今でも豊臣秀吉は韓国では非難の対象だ。日本が元寇のフビライを非難し続けているみたいなものだ。もちろん、今の時代にフビライを非難する日本人など聞いたことがない。

「清く慎ましく」という日本の常識は、外交では通じない。声を上げなければならない。主張すべきことは主張する国にならなければならない。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA