地下鉄サリンから20年

ちょうど20年前の1995年3月20日、地下鉄サリン事件が起こった。2か月前の1月17日に阪神大震災が起こり、まだ震災の余韻が残っている頃だった。サリン事件は二件起こった。地下鉄と、もう一つは長野の松本市で起きた松本サリン事件だ。

松本サリンが起きたとき、現場周辺に住んでおられる河野さんという方が逮捕された。後に冤罪とわかるのだが、しばらく拘留されていたように思う。県警が河野さんの取り調べをしている頃、警察の中枢部ではオウム真理教に目をつけていたようだ。ではなぜ松本サリンが起きたときにすぐにオウムを捜索できなかったのか。

その理由はオウムに対して100%の疑いを持つまでいたっていなかったこともあるのだが、一番の理由は犯罪組織であるオウムが宗教団体であったことにある。宗教団体への公権力の介入はタブー視されており、オウムを疑ってはいても介入に及び腰になっていたのである。

しかしそれが最悪の結果を招いた。地下鉄サリン事件に対して世界中に衝撃が走った。何が衝撃的だったのか。それは地下鉄サリン事件は世界で初めての化学テロだったからである。しかもそれが世界で最も治安が良いと言われている日本の首都で起こったことにある。後にも先にも化学テロは世界でこの地下鉄サリンだけである。

いま、過激派組織イスラム国(ISIL)が世界的な問題になっている。ISILは今では疑似国家の様相をなしている。しかしオウム真理教もかなり本格的な疑似国家の様相をなしていた。教団内に各省庁が存在し、それぞれ大臣が君臨していた。地下鉄サリン後、警察の捜査が入ったときには確か軍用ヘリコプターまでが見つかったように覚えている。

なぜオウムがそこまで巨大犯罪組織として成長するまで野放しにされていたのだろうか。もちろん一番は先ほど述べたように、宗教団体の装いをしていたオウムに警察も及び腰になっていたことであろう。オウム程には到底及ばないが、今でも宗教団体の問題行動に対して警察はなかなか手を出せないでいるように思える。

宗教とは本来人々の道しるべとなり、人々の歩く道を照らす役割を持っている。すなわち宗教団体はわき役でなければならない。しかしオウムに関してはオウムがど真ん中に鎮座していたのである。現在でもいくつかの宗教団体が政治に介入しようと、いやすでに介入している団体もあるが、国のありかたにかかわろうとしてる。人々の補佐的脇役である宗教が政治の中央に入ろうとしている現状に憂いを感じる。

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