和歌山県太地町でのイルカ捕獲批判について

ここ数年、和歌山県太地町でのイルカの追い込み漁が世界で批判を浴びている。追い込み漁が残虐で他の狩猟法が残虐でないという理論は僕には理解できないが、それ以上にイルカ漁だけ批判を浴びていることには非常に疑問を感じる。

人間はいろいろな動物の肉を食べて生きている。完全な菜食主義者と言うなら別だが。イルカを食べているかどうかはともかく、ほとんどの人は牛肉は食べているだろう。しかしそれと同時にほとんどの人は数人前に切られた肉片しか目にしてないだろう。もちろん普段食している牛肉ももとはと言えば生きている牛だ。そして食膳に出てくる前には必ず殺されている。この牛を殺される「作業」を見たことはあるだろうか?おそらくほとんどの人は(自分も含めて)見たことはないであろう。しかし容易に想像できるように非常に残虐な作業であろう。

イルカの追い込み漁が非難を浴びているのは、牛でいうところの殺す作業をたまたま映像で流されたことによるものだ。牛の殺されるところを映像で見て、残虐だから牛肉は食べてはいけないと言う人はいるだろうか?もちろんいないとは言わない。しかしほとんどの人は牛肉を食べ続けるだろう。むしろ牛肉を食べる人は牛が殺されるところを意識的に見ようとはしていないのかもしれない。

昔から日本人は肉を食べる時には、命あるものをいただく大切さを感じていたはずだ。今は料理として出される最終工程しか目に見えないので、そのような大切さを感じることもほとんどなくなった。イルカ漁もそうだが、現在も我々が食べている牛肉・豚肉ももとはと言えば殺されて食されている、そのような命への感謝の気持ちを忘れてはいけない。イルカ漁問題も、それが残虐だと非難するだけでは問題の全体が見えていない。

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