切腹精神と背水の陣

江戸時代の長い鎖国時代を抜けて、明治時代に日本は飛躍的な成功を遂げ、富国強兵政策のもと世界の列強の一因となった。「強国」、これは軍事面だけではなく経済面・産業面も含めてのことだ。その一方、鎌倉・室町から繋がる「わびさび文化」を受け継ぎ、日本固有の文化も継承していった。

その日本固有の文化、あるいは精神というべきであろうか、その一つに「切腹」がある。これはもちろん明治以降はなくなったが、その精神は明治以降も根底に居座っているのではないかと思う。そして切腹の覚悟は「背水の陣」でもある。

なぜいきなりこんなことを書いたかというと、現在の日本人には背水の陣で物事を取り組むことのできる人が少なくなったのではないかと感じるからだ。背水の陣で臨むには極端な場合、命をかけることになる。江戸時代で言う切腹だ。そこまで要求しなくても、現在の日本には、背水の陣の精神があまりにも乏しくなっている。その一つが、「長寿至上主義」ではないだろうか。長く生きることはいいことだと言われ、敬老なんて言葉もある。しかし本当に大切なのは長く生きることによって生まれる「時間」だ。その時間をどれだけ意義のあるものにできるか、それによって人生の濃さが変わってくる。その意義深くする一つの手法が背水の陣だ。背水の陣の精神では、意義のない時間など意味を持たない。今、一刻にどれだけ成果を上げ、次につなげるか。もし失敗をすれば待っているのは「死」である。

僕はこれから、背水の陣で臨むことに決めた。そこで、それらの精神について考えたことを今日は書かしていただいた。さあ、結果を出すのが先か、死ぬのが先か。

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