仮に逃げるとしたら、「研究に」だ!

普段生きていれば、時には逃げたくなる時もある。今やっていることに対して、これが果たして意味のあるものか?と思い、くじけそうになる。そのような現実に対してどう対処すべきか?あるいはどこに逃げるのか?

「逃げる」という言葉にはネガティブなイメージが付きまとうが、同じ逃げるにしても、どこに逃げるかによってその意味合いは大きく変わる。破滅的な方向へ逃げるのか?それとも建設的な方向へ逃げるのか?そのどちらに逃げるかによって、その人の人間性が試されると僕は思っている。

そのどちらに逃げるのが良いか?僕はそれをバネにして建設的な方向へ逃げることを心がけている。その建設的な方向とは、僕の場合は数理物理の研究に逃げるということだ。数理物理とは僕にとって生きがいであるが、同時に避難地でもある。ここに行けばまず大丈夫という絶対的な安堵感がある。とは言え、時にはそこにこだわるがあまり非常に苦しい立場に立たされることもある。それはそれで試練と受け止め、乗り越えていかなければならない。

では破滅的な方向とは何か?例えばお酒に逃げるとか取り組んでいることを投げ出すとかいろいろあると思う。では破滅的な方向へ逃げることは悪いことなのか?僕はそうは思わない。時には破滅的な方向へ逃げるのもいい。自分が完全に破滅しない程度に逃げるのは良いと思う。そしてそこからリスタートし建設的な道を歩めばよいのである。

生きていればいろいろと苦しいこともある。そのような時に研究に逃げられるようにその避難地は確保しておきたい。一番苦しいのはその避難地がなくなることだから。

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