世界標準にする必要はない。

現在は、ビジネスにおいても技術においても、世界標準へという覇権争いが熾烈になっている。もしかしたら文化もそうかもしれない。とにかくスケールがものを言う世界になっている。

しかし、日本という国は決して大きくない。もちろんネットで全世界がつながっている現在、日本に居ながら世界スケールで物事を進めることも可能になっている。しかしそのような現代だからこそ、スケール以外の価値観を見つけることが重要になってきているのではないかと感じる。

現在、資本主義的価値観は行き詰っているように思える。一昔前までなら、経済的裕福が人生の裕福に直接つながっていた。もちろん現在でも金銭的に不自由なく暮らすことは、幸福を実感するためには重要だ。しかし、金銭イコール裕福とは言えなくなってきていることを多くの人が感じている。

例えば人間関係というものは、金銭だけでは作れない側面がある。もちろん金銭で作れる人間関係も根強く存在するが、金銭的側面からの関係と人間性からの関係をバランスよく保つことが重要である。

そのような事と同じことは、ビジネス、技術、科学、文化にも言えるのではないだろうか?もちろん金銭的な重要性はいつの時代でも消えないだろう。しかし金銭的価値観がせめる割合は時代によって変わるものだ。今、過去の経済万能主義の社会からITの覇権を経て、その割合は揺れ戻している。そのことを一部の人は感じている。

「もの」から「こと」へ価値観が変化している現在、世界標準という一つの究極的な目標から、多様性を広げるというもう一つの究極的な目標へと世の中が変化していることを感じ取ることが求められているのではないだろうか?

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