世の中はお金だけでまわっているのではない。人間はお金を稼ぐためだけに生きているのではない。深みのある人間になろう!

今日、某記事で、日本の教育について批判する記事を見た。勉強することに優先順位を付けろというものだ。それだけなら僕自身も思うことがある。しかしその順位が僕とは全く正反対なのである。

その記事の著者は、数学なんて役に立たない。買い物の時の値段の計算さえできれば事足りる。鎌倉幕府がいつできたなんてどうでもいい。そんなくだらない教育より、株の売買の仕方やビジネスの仕方など、どうすればお金を稼ぐできるかということを教える方がはるかに実利にかなう、というものだ。

僕は空いた口がふさがらなかった。

現在、日本は世界の先進国のトップレベルの基準を満たしている。経済が不景気だと言っても世界第三位の経済大国だ。経済だけではない。最近、海外で注目されている日本人の文化水準の高さもそうだ。これらは長い年月をかけて作り上げてきた高度な教育文化の賜物だ。経済大国になったのも、株やビジネスに知識を全てつぎ込んだからではない。その根底には幅広く高度な教育が横たわっている。株やビジネスで儲けることは、その上澄み液をすくい取ることに過ぎない。高度な教育と幅広く深い教養人が積み上げてきた知恵がなければ、ビジネスの土台さえおぼつかない。

もちろん、ビジネスに打ち込むビジネスマン、金融エリート、経営者を否定しようなんて毛頭思っていない。しかし今まで出会った優秀なビジネスマンはほぼ例外なく勉強熱心で、興味の幅も広く、様々な知識に対して貪欲だ。金さえ儲けられれば他はどうでもよいという考えのビジネスマン、経営者に一流はいない。

現在、世界はスペシャリストの時代に入った。何か一つのことで飛び抜けた知識や技術を求められている。しかし同時にジェネラリストの時代であるとも僕は考えている。スペシャルな知恵や技術は、ジェネラルな土台に裏付けられていることが多い。実際、分野のトップを走る人間は博学かつ哲学的でもある。それはスポーツであっても例外ではない。プロ野球の大谷翔平選手の人間性を見ても良くわかる。イチロー選手も然りだ。

お金だけ儲けてそれだけで満足ならば、中学で勉強をやめ、投資やビジネスに打ち込めばよい。それで成功するならの話だが。しかし僕はそんな薄っぺらい人間になってほしくない。今日見た記事を書いた著者のように、薄っぺらい大人が薄っぺらい次世代の大人を作ってしまう。

今の子供たち、青年たちには、人間として深みのある教養人になってほしい。そして深みのある国を支え、深みのあるスペシャリストになる、そのような土台を作ることが、現在の大人の仕事のうちの一つでもある。

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