不完全な知識で物事を判断することの危険性。

物事を判断するに当たっては、過大評価することなく、かつ過小評価することもなく、正確に判断することが重要である。そのように正確に判断するためには、それに対する知識を正確かつ完全に認識することが必要である。さらにそれに基づく思考を正確に行うことが重要であることは言うまでもない。

不完全な知識に基づいて判断するとどうなるか?自然、そこには想像的な要素が大きく入り込むことになる。想像することは重要かもしれないが、可能な限り現実に基づいて判断を下さなければならない。もちろん、どのような判断に対しても知識が100%完全であることはありえないので、どうしてもある程度の想像が必要にはなるが、危険なのは想像が妄想に変わることである。妄想に基づく判断は99%間違っていると考えなければならない。想像と妄想は全くの別物である。

物事を判断する時、最悪のケースを想定することが重要だとよく言われる。確かにケースによっては最悪のケースを想定することは必要だろう。例えば地震・津波の被害想定、鳥インフルエンザなどの感染症被害における対策などは最悪のケースを想定することが絶対である。しかし個人が取るべき道を選択するに当たっては、最悪のケースを想定することは圧倒的にデメリットが大きい。特に悪いケースを想定することによって身動きが取れなくなってしまう危険性が大である。

物事を判断する時の有用な手段として、リスクとリターンを天秤にかけるという手段がある。ほとんどの場合、リスクというものはどうしても避けられない。大事なのはリスクを上回るリターンが得られるかということだ。99のリスクを取って100のリターンを得る判断ができるか?しかし残念なことに、そのような判断を下せる人は多くない。

時には100のリスクを取って1を得るという手段に出ざるを得ないことがある。通常ならこれはほとんど暴挙と言わざるを得ない。しかし人生の中にはこのような勝負に出るべき時が必ず存在する。しかしその1は単なる1ではない。限りなく輝くダイヤモンドのような1なのである。このような勝負に出ることができるかどうか?それは人間の器というものに大きく関係してくることだろう。

とは言え、通常においてはできるだけ的確に判断を下し、メリットを最大限にすることが重要であることは言うまでもない。そのために不確定要素をできるだけ排除し、完全な知識に基づく考察により判断することが求められる。

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