一億総評論家時代。もっと行動を!

最近何かと問題が起きると、著名人から一般市民まであらゆる人間が評論家と化す。数か月前からの芸能人スキャンダルから、現在進行中の東京都・舛添知事の問題まで、あらゆることが評論、あるいは批評の対象になる。もちろん舛添知事の問題などは深刻な問題であり、批評されるのもやむ負えないと思われるが、それはさておき、批評されている中にはメディアや一般市民がそこまで躍起になって批評することもないだろうと思われることが多い。

この様にいたるところで些細なことが批評の対象になっている原因は、もちろんネットの普及によるものであろう。一市民でも家に居ながらキーボードをたたけば不特定多数の人に批評を公開することができる。

しかし僕が気になっているのは、行動を起こす人間に対して、何も行動を起こさない人間が批評だけを行っている構図だ。もちろん行動を起こしつつ、それをもとに批評を行っている人も少なくないであろう。しかし口だけの人があまりにも多い。挙句の果てには、批評することがメインの仕事になっている有名人もいる。

別に僕は批評すること自体が悪いとは思っていない。しかし思ったり口を動かす前に、まず行動を起こすことが必要なのではないだろうか。しかし皮肉なことに、行動を起こす人間が、行動を起こさない人間に批判されている。もっとも、行動を起こす人間は、ネットで批判する暇などないであろう。

この様にくだらない論評を書いている僕も、くだらない素人評論家になっているかもしれないが。とにかくまず行動を起こすことを考えよう。

一億総評論家時代。もっと行動を!」への2件のフィードバック

  1. 社会の中で相対的に抑圧された階級が増えれば増えるほど、自分の能力や環境に自信が持てない人間が増える。
    そして、自分の人生を切り開くことを勝手に諦めて、腐った上で、他にやることがないので、他人の人生に難癖をつけることに人生をかける。

    こういう構図が歴史上何度も繰り返されているような気がします。

    皆が同じスタートラインで何でも挑戦できた?戦後の活気みたいなものはいつの時代も長続きしないのかもしれません。

    • 木原 康明

      貴重なコメント、ありがとうございます。

      自分の人生を切り開く精神は、本来はいつの時代でも誰でも必要なのかもしれません。
      しかし現実はそうではありません。多くの人は開拓精神を無くし、楽な方へと流れていきます。
      しかし、常に人生を切り開こうと前進している人がいることも事実です。

      僕のブログもある意味評論的色彩が強く、思っていることを書いているだけなのかもしれないので、
      バランスを取るためにも行動することも忘れてはいけないと心がけています。

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