ウルトラCには訳がある。

とんでもない大きなことを成し遂げること(奇跡)を「ウルトラC」とよく言われる。この言葉の由来は、体操競技のC難度の技から来ている。

他人がウルトラCを決めると、不可能なことが奇跡的に起きたという捉え方をよくされる。しかし、決めた本人にとっては、そこまでの道筋がしっかりとあり、決して不可能なことを奇跡的に起こした訳ではない。そこには必ず訳があるのである。

生みの苦しみは、しばしば周りの人にはよく見えない。時には他人からは、「苦労もしないで楽に決めやがって」と見られることもある。とは言え、別に他人に対して苦しみを見せる必要は全くないのだが。

生みの苦しみを経て成し遂げた体験は、必ず自分の財産になる。なぜなら、成し遂げられるべくして成し遂げたのだから。例え他人からウルトラCだとか奇跡だとか言われようとも、地道な道のりを経て成し遂げたことに対して、自分自身が納得できればそれでいい。

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