まだまだ修行は続く。

何かを極めようとするとき、基礎的な部分の習得は必要だ。基礎無くして応用はありえない。しかしいつまでも基礎的事項の習得にはまってしまうのも得策ではない。ところが、この基礎から応用への移行をいつ行うか?これがなかなかの悩みどころである。

基礎を修得したからといって、突然応用に移行するわけではない。応用に移行した後でも、基礎の習得は常に行わなければならない。修行はエンドレスに続くのである。

最先端の事柄ばかりに目が行ってしまえば、そこからできる事は枝葉の継ぎ足しでしかない。大きな事柄を遂行しようと思えば、最先端の事柄に加え、過去の基礎的事項を徹底的に見直すことが必要である。意外に重要なポイントは、最先端の知識より過去の基礎的事項の中にあることが多い。

もちろん、過去の結果を全て記憶することは不可能であるし、そのような事を全て記憶する必要はない。そのために書物というものが存在するのだ。書物を見て確認できる事は、そもそも記憶する必要性はないのである。もちろん記憶していれば便利ではあるが。

細部にこだわりすぎて、全体が見えないようでは話にならない。しかし大局観を掴むためには、細部を修得することも必要である。この塩梅が微妙で難しいところである。これらの感覚を掴むためにはとことん修行するしかない。

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